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「美麗……」
望が志貴から離れ一歩踏み出すと、美麗は口を手で押さえ、首を振りながら後ずさる。
「待って、美麗」
コツン、コツンと響く松葉づえの音が、事務所の明るい電気に照らされてできた望の影が、暗い廊下へと伸びてきて、美麗を圧迫する。
目の前で起きたことに激しいショックを受けた美麗は、胸が潰れるかと思うほどの痛みを感じ、望の前で被り続けた友情のヴェールをかなぐり捨てて叫んでいた。
「来ないで!あなたなんて知らない!さっきのは望じゃない」
幸せだった気分が瞬時にしぼんだ。美麗の目には、志貴にキスをされて、我を忘れてしがみついた自分が、まるで恥を知らない浅はかな女のように映っていることだろう。望はショックのあまり立ち止まった。
志貴に煽られて引き出された純粋な欲望を、肯定されるがまま志貴と一つになって、望はようやく隠すものが何もない、自分の全てを受け止めてもらえたと幸せを感じた矢先だった。
自信が無かった望が初めて自己を肯定した瞬間でもあったのに、それが美麗の言葉でガラガラと音を立てて崩れていく。自分が毒婦にでもなったように感じた。
表情を失くした望に気が付き、美麗も顔いろを失った。二人の様子を見守っていた志貴が、このままではまずいと間に割って入る。
「山岸、少し落ち着いてくれ。望を責めないで欲しい」
「違う…あんなことを言いたかったんじゃ…」
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