0人が本棚に入れています
本棚に追加
「父さま」
それは、こんこんと雪の降る、寒い寒い冬の日だった。
私はちいさな声で父さまを呼んだ。ほとんど何も見えない世界で、父さまの苦しげな吐息の音だけが私の耳に届く。
「こ、はる……」
掠れた声が私の名を呼んだ。父さまはつい先日体調を崩したと思ったら、急激に体力を消耗し、あっという間に寝込んでしまうことになったのだった。
滲んだ視界に、何かが目前に近づいてくるのが見えた。温度を失いかけたそれは私の頬をそっと撫で、そして力尽きるように床へと落ちていく。私は見えない世界を手探りして父さまの冷たい手を掴んだ。
「父さま、父さま、小春はここにおります。ですから、どうか――」
もともと滲んでいた世界がさらにぼやける。
私は喉から絞り出したような声を漏らした。
「どうか、小春を置いていかないでください……!」
母さまを小さいころに失い、幼い頃病気をした時にほとんどの視力を奪われ。そのうえ父さままで連れていってしまうというのですか。
私はどこにいるとも知れない神様に訴えた。
母さま、どうか父さまを連れて行かないでください。小春を、一人にしないでください。
私は天国の母さまに願った。
最初のコメントを投稿しよう!