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それからどれくらいの時が経っただろうか。
握り締めていた父さまの手は、もう温度を失っていた。――もう、父さまの呼吸の音が聞こえないことに、私は、気付いていた。
気付いていたのに。
頬を伝って落ちていく温かいものがぽたぽたと落ちる音がする。私は虚ろな視線を宙に漂わせ、微動だにせずただ座っていた。
その音が不意に止まり、私の頬に冷たい何かが優しく触れた。
「泣くな」
穏やかな声が私の顔を上げさせた。ぼんやりと滲んで見えない世界に、白い何かが見える。もともと火も焚いておらず寒かった部屋が、さらに冷え込んだ気がした。
父さまの色は、黒だった。だけど、この人の色は、白だ。
父さまの声は、とても低かった。だけど、この人の声は、それより少し高い。
頭ではよく分かっていた。それでも、父さまを失うかもしれないという事実が私の思考を曇らせてしまっていたのだろう。
「……父さま?」
私は、目の前の現実を受け入れられなかった。
そうだ、父さまは死んだりなんてしなかったんだ。ゆっくり休んだから元気になったんだ。そう、この人は、私の父さまだ。
だから、私は縋るようにその人の方向を見上げた。
「父さま、なのですよね?」
「――いいや、違うよ」
少し躊躇ったような声が、小さく部屋に響いた。
まるで慈しむかのように、大きな冷たい手が私の頭をゆっくりと撫でた。
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