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「君のお父上は、たった今、亡くなっただろう。目を背けるな。君が目を背けてしまったら、誰が君のお父上を弔うんだ」
「……うっ…………」
一度止まっていた涙は、驚くほどたくさん溢れてきた。
父さま。私の父さま。目の悪い私を大切に育ててくれた。そんな父さまが、私は、小春は、大好きでした。
冷たい手は、かたちにならない言葉を吐き出す私をゆっくりと撫で続けていた。自分の胸の中に、父さまは死んでしまったのだという事実がすとんと落ちてきた。
目を逸らさなくて良かった。大事にしてくれた父さまを、私は弔わずに済ませてしまうところだったのだ。
それを教えてくれた人の手が私の頭から離れていきそうになり、その袖を私は慌ててぎゅっと掴んだ。
「行かないで」
「……」
私を、一人にしないで。
心が叫んでいた。誰でもいい。傍にいて。
濁った瞳で私はその人を見上げた。
白いその人は、何も言わなかった。
私は、誰かの手助けなしにはきっと生きていかれない。たった一人で、こんな山奥の一軒家に取り残されても生きてなんていけないんだ。だから、この人が誰であったとしても。
私は、この人に縋るしかないんだ。弱い私は、誰かが傍にいてくれないと、死んでしまうのだ。父さまが死んでしまったという事実を1人で受け入れるには、私はあまりにも弱すぎた。
父さまの、温度を失い硬くなっていく手を握り締めて私は目を瞑った。
「旅の方なら、どうかお願いします。この家に住んでくださって構いません。――あなたが誰だって構わない。小春を、一人にしないでください」
「…………分かった」
私はその言葉を聞いて、安堵と罪悪感が胸の中にせり上がってくるのを感じた。
一人にならなくてもいいのだという安堵。父さまを失って空いた穴を、この人で埋めてしまったのだという罪悪感。
頭を撫でるその手の優しさは、私のそんな図々しい願いを聞いてもなお変わることはなかった。
緊張の糸が切れてしまったのだろうか。私は冷たい手のあたたかさに溶かされるように意識を手放してしまったのだった。
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