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久々の血と肉の焼ける臭いだ。これはどうも好きになれない。襲い掛かる影に目を向けることもせず斬り捨てる。数ヶ月前のあの術師のせいで魑魅魍魎の出現数が増加しているらしい。生温い血が頬にかかり時雨は僅かに顔をしかめた。人に仇為す妖は、鬼祓い目掛けて襲い掛かるのですぐに分かる。数体斬っていると、呻く声が聞こえた。目を向けると同じ年の泉一が苦戦を強いられていたので、泉一と対峙していた化け物に向かって呪を紡ぐ。
「ナウマク サンマンダ バザラダン カン」
化け物が燃え尽きるのを確認すると、彼の元に駆け寄った。
「大丈夫か」
「うんなんとか。ありがとう、時雨」
ぜえぜえと息をする彼に手を貸して立ち上がらせる。
「別に構わない。協力は必要不可欠だからな」
微笑むと、彼は気まずそうな顔をした。どうしたのだろうか。首を傾げると、言いにくそうに泉一は口を開く。
「あのさ、時雨」
「なんだ?」
「あの若君に寵愛されているという噂を聞いたのだが...本当か?」
いつの間に噂になっていたのだろう。多分菊が言いふらしたのか、それともこの前のあれでばれたのだろうか。
「それは今聞くことか?」
いつもの調子で穏やかな声音を作り、笑みを貼り付けて聞くつもりだったのに、思いの外俺の口から出た声音は冷たかった。
「ごめん」
泉一を落ち込ませたらしく、沈んだ声が聞こえる。
「謝る暇があるなら調伏しろ」
冷たく当たってしまったことに謝らなければと思いながらも、口が紡ぐのは鬼を調伏する真言と祓詞だけであった。
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