鬼祓いの仕事

3/6
102人が本棚に入れています
本棚に追加
/383ページ
 気がつくと空が白みつつある。今頃若君は眠りに就いているのだろうか。あの人は肌を重ねた後、俺を抱き枕のように抱きしめて子供のような寝顔で眠るのである。抱きしめる力が強くて、まるでどこにも行くなとでも言うかのよう。だからあの人の腕から抜け出して家路に着く時、ちくりと胸を刺すような感覚を覚えるようになった。しかし、俺はただの従者だ。若君が俺に寄せる想いを全て受け止めたくても、鬼祓いの次代としての俺では受け止められない部分が生じる。自分の身体を見下せば、衣は返り血で濡れていた。こんな自分を受け入れてくれる若君には感謝の言葉が言い尽くせない程ある。だからこそ、自分の穢れた身であの人の側に居ていいのだろうかと思う。しかしそれと同じくらいあの人の側に居たいという矛盾した想いでこの心が張り裂けそうになるのだ。 『一緒に行こう』 祭りに誘われた際に指切りした時の若君の指の感触を思い出し、時雨は小指を反対の手でそっと握った。若君と肌を重ねる時も好きではあるのだが、小指で指切りなどというほんの小さな接触でさえもこの胸にあたたかくさせる。祭りに行くことよりも約束を交わしたこと自体が嬉しくて仕方がない。 「早く祭りの日にならないかな...」 他の鬼祓いの耳に届かない程の小さな声でぼそりと呟く時雨は、空の端に現れ始めている朝焼けを眩しそうに目を細めて見つめた。 
/383ページ

最初のコメントを投稿しよう!