見えない猫

2/12
前へ
/12ページ
次へ
大学の書類を提出している間に母がある程度荷解きをしてくれているので、今日から住めるようにはなっている。荷解きと言っても、持ってきたのは布団と小さな冷蔵庫、服を入れるプラスチックのケース、部屋の中央を陣取っている古い小さな机だけだ。 洗濯機は高くて買えなかったが、このアパートは共用の洗濯機が備え付けられている。下見もあまりせず借りたのは、家賃の安さとそれが決めてだった。鞄に入った服だけをプラスチックケースに詰め込めば、僕の引越しは完了した。 小さな机の前に座り、部屋を見渡す。本当に外観に比べれば室内は綺麗だ。家賃を考えれば安いとさえ思う。そんな事を考えていたら、僕の携帯電話が鳴った。画面には"母"からの電話だと表示されている。画面をタップして電話に出る。 母からの電話の内容は、交通手段がなくなるから帰るっとの事だった。今から、実家まで何時間もかけて帰らなければならない事を考えれば当然だったが、息子の顔を一目見てからとは思わなかったのだろうか。それ以前に、こちらに一泊してゆっくり、なんて僕の家の経済力では無理なんだろう。家にはまだ下に五人の兄弟がいる。そんな経済力の中、大学へと行かせてくれる事に僕は感謝しなければいけない。小さく溜息をついて、母の言葉に頷く。 『 …寂しいだろうけど、頑張りよ。身体には気をつけてな。』 電話口の母の言葉にも短く返事をして、電話は切れた。しんっと静まり返った見慣れない部屋の中、僅かな寂しさに襲われる。まだ、実家を離れて一日目。こんな事では先を思いやられる。 ぱちんっと自分の両頬を掌で叩いて気合いを入れる。無理してまで大学に入れてくれた母に報いなければ。そんな事を思っていると小さく鈴の音が聞こえた。 .
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加