空っぽの部屋

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 しかし、一分、二分、いくら待てども返事は聞こえない。休日昼間ゆえ、何処かへ出掛けているのかもしれないが、葵は諦めきれない様子で何度も繰り返し呼び鈴を鳴らす。その間、壱弥さんは扉をじっと見つめていた。 「やっぱりおらんわ」  いつもの葵は、しょぼくれたままこれで引き上げてしまうのだろう。壱弥さんが居なければ到底考え付かなかった重要事項、「帰宅の有無」を示す痕跡を探すため、私は葵にアイコンタクトを送る。葵も思い出したように頷き、慎重に周辺を見回していった。しかし、幾ら探せど私達の目に不審な点は映らない。  無機質な茶色の扉には一切の飾り気はなく、シルバーのドアノブと鍵穴がそこにあるだけだ。扉に備えつけられたポストには、真新しいマンションの広告が一枚ねじ込まれているだけで、他の郵便物が放置されている形跡もない。ただ、何の変哲もない扉に視線落としていた壱弥さんは一瞬困った顔をしたと思うと、考え事をするように腕を組んだ。 「壱弥さん、どうしたんですか」 「ああ、大家さんに確認したいことができた。二人ともここで待っとり」 「ちょっと待って」  思い立ったように踵を返す壱弥さんを引き止めようと服の裾を掴むと、彼は面倒くさそうに私を見下ろした。 「何かわかったんやったら教えてください」 「推測やから裏を取りにいくんやけど、おそらく家には帰ってない。というか、既に引き払ってる可能性が高い」 「嘘や」  淡々と告げられた彼の台詞を受け入れられないと拒むように葵は否定した。親友がここには居ない可能性を突きつけられ、少し涙ぐんでいる葵を見た壱弥さんは、あからさまに目線を反らしながらばつが悪そうな顔で頭を掻いた。
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