空っぽの部屋

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「実は今しがた貴女にご連絡差し上げようと思ってたばかりなんですよ」 「まぁ」 「これも何かのご縁かもしれませんね。僕は探偵の春瀬と申します」  壱弥さんが丁寧に名刺を差し出すと、大家さんはそれを受け取り、「探偵さん?」と頬に手を宛がって小首を傾げる。  「ここの二〇一号室に住んでいた『花田二葉』さんと連絡が取れへんくて、居場所を探してるんです。彼女は既にこの部屋を引き払ってますよね?」 「えぇ、先週の月曜日に出てってますよ」 「やっぱりそうですか。因みに彼女がどちらに引っ越したのかご存知ではありませんか?」 「流石にそこまでは知らんけど、私の所へ挨拶に来た時は四十代くらいの綺麗な女性も一緒やったわ。部屋の荷物はその女性の車に積み込んで出てったみたいやね」  大家さんは左上をぼんやりと見上げ、その時のことを思い出しながらゆっくりと話す。壱弥さんは葵に目配せをするが、彼女もさっぱりわからない様子で首を大きく横に振った。 「そうですか、その女性の特徴は何か覚えてはりますか」 「綺麗な長い黒髪で、和服姿やったけど。あと、お茶のええ匂いがしたわ」  その表現を聞いて壱弥さんが少し考え込んでいると、大家さんはまた何かを思い出した様子で言葉を続けた。 「そうそう、二葉ちゃん。ご近所のカフェのオーナーさんにも挨拶に行ってたわ。常連さんやったみたいで。この道を真っ直ぐ行って、次の角を右に曲がった突き当たりにある店やよ」 「ありがとうございます、このお礼は後日必ず」  壱弥さんは深くお礼をして、影に隠れていた私達に「いくで」と声をかけ、車に乗り込んだ。大家さんは飛び出てきた私達に驚いた様子ではあったが、特に咎めることもなく、手を振って見送ってくれた。 「なんか大家さん、優しい人やったねぇ」  葵が和やかに言った。 「壱弥さんマジックやと思う、あれは」 「使えるもんは使わな損やでな」  壱弥さんはどこか得意気に笑った。
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