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瑠璃色の万年筆と黒い革張りの手帳――それは間違いなく、壱弥さんが仕事で愛用していたものであった。そして、その中には今まで彼が目にしてきた沢山の出来事が記録されている。
私は固唾を呑む。
「……二人が調査してた依頼がどんなもんか俺は知らんけど、このままやと間違いなく後味の悪いもんになるやろ」
貴壱さんはゆっくりと言葉を紡いでいく。
受け取った手帳からは、壱弥さんが纏う甘い白百合の香水が微かに香り、記憶の中に在る平穏な日々を呼び起こす。
「調査を完遂するんは、依頼者を救うためだけとちゃう。きっとそれは今後、壱弥やナラちゃんの心を軽くすることにもなると思う」
私は真剣な目で前を見据える彼の綺麗な横顔に視線を送る。
「今、壱弥の代わりが出来るんはナラちゃんだけなんやよ」
「私だけ……」
「あぁ」
そう頷くと、彼はふわりと立ち上がり壱弥さんの顔を覗き込んだ。その白く繊細な指先で、熱を持つ彼の額に静かに触れる。
「壱弥は絶対に目を覚ます。やから、ナラちゃんもこいつのこと信じたって」
貴壱さんは振り返る。
「はい、私も信じます。壱弥さんのことも、貴壱さんのことも、これからもずっと」
私の声を耳に、彼は幻のように微笑みながら私の頭に手を乗せた。
「いつもありがとう。あとは頼んだ」
その優しい仕草とは対照的に、荒っぽく白衣を掴み上げ、彼は病室を抜けていった。
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