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病院のエントランスを潜り、曇り空の下に飛び出したところで、後ろから誰かが私の名を呼んだ。足を止めて振り返ると、そこに居たのは浮かない表情をした主計さんであった。
「呼び止めてごめんな。壱弥兄さんのとこ行こうと思ってたら、ナラちゃんが出てくの見えて。ナラちゃんも怪我したって聞いたけど、大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です。ありがとうございます」
淡く微笑みながら告げると、彼は安心したように息を吐いた。
それから、彼と話をするために近くのベンチに座り、そこで彼に壱弥さんの状況を簡単に説明した。
「……そっか。兄さん、まだ眠ったままなんやね」
主計さんは眉を下げ、長い睫毛に縁取られた栗色の瞳を伏せる。
「でも、絶対に目は覚めるって貴壱さんも言うてはったから……大丈夫やと思います」
「うん。貴壱兄さんがそう言うなら安心やね」
そう、彼は柔らかい声で告げる。しかし、その言葉とは裏腹に、主計さんの瞳は翳ったままであった。
切り出す言葉も見つからず、ぼんやりと下を向いていると、主計さんが再度重い口を開いた。
「僕、壱弥兄さんがこんなことになったて聞いた時、自分がとんでもないことしたんちゃうかって思て、凄い怖くなってん」
「え?」
私は静かに話す主計さんの顔を見遣った。明らかに先程とは異なる姿で、彼は声の調子を落とす。
「僕が栞那さんに兄さんのこと紹介せんかったらって……」
声が僅かに震え、唇を噛み締める表情は今にも泣き出しそうな子供のようで、その瞳は微かに濡れているようにも見えた。
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