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久しぶりに出会う穏やかな日差しの中で、私は事務所の入り口にかかる小さな木札を見つめていた。「失くしたものを見つけます」――そう刻まれていたはずの文字はそこにはなく、今は「休業日」とだけ記されている。
貴壱さんから預かった鍵で事務所の扉を解錠すると、私はゆっくりとその真っ白な空間に足を踏み出した。
足元に広がる艶やかなオークのフローリングタイルには、もう事件の爪痕は残っていない。それなのに、彼が力なく倒れ込んだ場所を見るだけで、あの日の記憶がフラッシュバックを起こすように鮮明に蘇り、呼吸を乱していく。
私は静かに扉を閉め、大きく息を吐き出したあと、鞄の中から取り出した壱弥さんの万年筆と手帳を机上に置いた。
この日のために、何度も何度も綴られた文字を目で追った。そして、自己の記憶と重ね合わせ、綻びを繕いながらその文字を確実に繋ぎ合わせた。
だからきっと、この想いは二人に届くだろう。
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