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しかし、望さんは眉間に皺を寄せながら私に問いかける。
「ナラちゃんもおかしいと思いませんでしたか。……栞那は僕が捨てたはずの短冊を持ってたんですよ」
その瞬間、私はようやくその言葉の意味を理解することができた。
「つまり、栞那さんは書斎で浮気の証拠探しをしてたってことですか」
「そう考えたら辻褄が合います。入られて困ることもないし咎めるつもりはなかったんですけど、もう少し彼女の行動に意識をとめて、その理由を考えてみるべきでした」
そうすれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。そう、望さんは消え入りそうなほどの声量で自責する。
気の利いたことの一つも言えずに黙り込んでいると、重苦しい空気を掻き切るように、もう一人の到着を知らせる鈴の音が鳴り渡った。
目の前で俯く望さんに断りを入れてから席を立ち、静かに入り口の格子扉を開く。そして、不安気な表情を見せる小柄な女性を事務所へと迎え入れた。
恐らく、仕事の合間の時間を縫ってここにやって来たのだろう。周囲の様子を伺うように控えめに頭を下げる彼女は、見覚えのある華やかな青緑色の着物を召したままであった。
その姿を目に映した望さんは、唐突に立ち上がり、同時に驚いた様子で彼女の名前を呼んだ。
「夕香……!」
不意に呼名された彼女は視線を私の後方へとずらし、その声の主を捉えたあと、目を丸くしながら名前を呼び返す。想定をしていなかった人物を目の当たりにした二人は、互いに顔を見合わせた。
しかし、望さんはすぐに状況を理解したようで、小さな溜め息を吐きながらソファーへと座り直した。
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