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安堵の色を見せる望さんに向かって、私は訊ねかける。
「お二人は疚しい関係ではなかったかもしれません。ですが、特殊な関係にあると思っています。お二人は何度も人目の少ない喫茶店で会っていますよね。これは状況から立てた仮説でしかありませんが、お二人は密やかに協力をしながら栞那さんの行動を調べてはったんやないでしょうか。彼女の浮気を疑って」
その瞬間、望さんは目を見張った。
「でも本当にそれだけなら、直接会わへんくてもやり取りをする方法なんて沢山あります。それやのに、何でお二人は何度も人目の少ない場所を選んでまで、直接会ってたんでしょうか。そう考えた時、私はあることに気付きました」
私は自分の手帳を開き、二人に見えるようにそれを差し出した。何もない真っ白なページの端に浮かぶ、たった一つの文字。
それは、望さんが書いた美しい「露」であった。
「お二人の過去の関係を知ったあと、望さんの書いたこの文字を見て、私は貴女の着物に施された刺繍を思い出したんです」
そう、美しい着物を纏った夕香さんを目に映す。すると彼女は左の袂をはらりと翻し、艶やかに光る刺繍の文字を露わにさせた。
露ながら 折りてかざさむ 菊の花 老いせぬ秋の 久しかるべく
命やは 何ぞは露の あだものを 逢ふにしかへば 惜しからなくに
秋の景色を彩る着物に刺繍された和歌と、望さんが短冊に揮毫した和歌。その二首はいずれも「紀友則」の詠んだ典雅な歌で、共通する「露」の筆跡はぴったりと重なり合っていた。
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