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「それなら、彼女はどうして僕のことを疑ったんでしょうか……」
眉を下げた怪訝な表情で、彼は私に問いかける。
「恐らく、栞那さんの心はもっと前からゆっくりと崩れ始めていたんです」
真っ直ぐに望さんの顔を見据えながら、私は彼女に起こったであろう出来事を伝えていく。彼の瞳は僅かに潤んではいたが、それでもなお強かな表情を携え、私から目を逸らそうとはしなかった。
「栞那さんにとって、穏やかで飾らないあなたの側が唯一落ち着くことのできる『心の依所』やったんです。彼女はあなたの夢を心から応援していました。だからこそ、あなたにも自分の夢を応援して欲しかったんじゃないでしょうか」
彼女は、望さんがずっと夢を見ていた書道家として成長し活躍する姿を心から喜んでいた。しかしその一方で、自分と過ごす時間を犠牲にしていく夫に、少なからず寂しさを感じていたのだろう。
そして徐々に夫婦の時間は薄れ、彼女は唯一だった心の依所を緩やかに喪失していった。そして追い打ちをかけるように、その心の隙間を押し広げたもの――それが、楽しそうに言葉を交わす二人の姿だった。
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