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「九月十五日、あなたは栞那さんの演奏会に行くという約束を守らなかった。それが、彼女の心を決定的に変えてしまったんです」
決して多くはない華やかな舞台を、栞那さんはずっと楽しみにしていた。彼が観に来てくれるものだと信じ、きっと期待を膨らませながら稽古に励んでいたのだろう。
しかし望さんは演奏会の当日、急な仕事を理由にその約束を違ってしまった。その瞬間、彼女の中で何かが崩れ落ち、その虚しさが彼女の中にある歯車を狂わせたのだ。
はらりと瞳から零れ落ちる涙を、彼は手の甲でぬぐい取った。
「……僕はとんでもない間違いを犯してしまったんですね。僕の行動が、彼女の心を壊してしまった上に、愛する妻を疑ってしまうなんて」
彼は小さく震える手で拳を握りながら、その表情を歪ませる。
「僕が選択を誤ってなければ、春瀬さんやナラちゃんに怪我させることも、関係のない夕香を巻き込むこともなかったんですね。本当にすみませんでした」
先程までの苦い表情とは異なり、強かな声音で紡ぐ謝辞と共に、望さんは私たちに向かって深く頭を下げた。
──これが今回起こった出来事の総てであった。はずだった。
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