心の依所

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 ずっと目に涙を溜めていた夕香さんが、唐突に結んでいた唇を解く。 「実は一つだけ、嘘を吐いたことがあるんです……」 「嘘、ですか?」  こくりと頷く彼女を前に、私は無意識に色を正す。 「私は望のことが好きでした。久しぶりに会った彼が昔と全然変わってなくて、穏やかで、眩しくて、もう一度彼の優しさに触れたいって思ったんです」  彼女の言葉を遮るように、望さんは彼女の名前を呼んだ。しかし、夕香さんは静かに首を横に振り、そして続く言葉を紡いでいく。 「やから私は彼が結婚してるって知りながら、自分の想いを伝えました」  心に陰りを与えていた嘘を溶かすように、夕香さんは大粒の涙を零す。 「……春瀬さんとの約束がなくなったのは台風のせいじゃなくて、本当は私が断ったからです。春瀬さんが私に連絡してくれた時、一度でも望に愛されたいって思ってしまった自分の愚かさを思い出して、その事実を知られるのが怖くなったんです」  ようやく、その言葉の真意が見えた気がした。 「望は優しいからこんな私にも『ありがとう』って言ってくれました。でも、彼ははっきりと言いました。――その気持ちには応えられへん。僕には栞那がいるから。って」
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