雨の降るカフェと嘘

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 窓の外には優しい木の壁が可愛らしい小さなカフェが見えた。  壱弥(いちや)さんは周囲を確認しながら、小さな駐車場にきっちりと停車させる。  車を降りると、雨雲は更に厚くなっており、立ち込める匂いがいつか降りだしそうな雨の兆しを感じさせていた。 「ちょっと急がな降りそうやなぁ」  壱弥さんは空を見上げて目を細めながらぽつりと呟いた。  カフェの入り口を開くと、ドアベルが澄んだ音でからんころんと鳴り響く。扉が閉まった途端、先程までの雨の予感は消え失せ、湿っぽい夏の音を初めから無かったかのように遮断した。 「いらっしゃいませ」  柔らかい女声が響いた店内は、仄暗い橙色の照明が浮かぶ木目の内装で、落ち着いた雰囲気を纏っている。普通のカフェだとばかり思っていたが、実際はカフェベーカリーであり、香ばしいパンの香りが充満していた。 「飲食スペースはご利用ですか?」  嫌味のない茶髪を一つに纏めた三十代半ばほどの女性が静かな声音で問う。壱弥さんは短く断りを入れたあと、直ぐに本題を切り出した。 「オーナーさんに少しお伺いしたいことがあるんですが」  壱弥さんの言葉に彼女は不思議そうな顔をしたが、私達の姿を見るなり何か納得した様子でふんわりと微笑んだ。 「わたしがオーナーの秋帆(あきほ)です。今お客さんも少ないんで、少しの間なら伺いますよ」  私達を奥のテーブル席へと座るように手で示しながら、秋帆さんが言った。
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