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1.「おつかれさま!」
森の服屋は、ハリネズミとシマリスの二人が営んでいます。
ハリネズミは、縫い物も編み物も大好きです。
シマリスは、ボタン作りや刺繍が大好きです。
店番をしながら、二人は仲良く並んで服を作っていました。
でも、ここ数日、店の中はハリネズミ一人きりでした。
シマリスが、熱を出して寝込んでしまったからです。
ハリネズミは毎日お見舞いに行きたいのですが、それはシマリスに断られてしまいました。
大事な仕事があるのに、ハリネズミに風邪を移すわけにはいかないと、そう言われました。
店の奥で、ハリネズミはせっせと赤い毛糸を編んでいます。
でも、時々手を止めては、ふう、とため息をつきました。
ハリネズミは、赤いポンチョを14着注文されています。
けれど、壁にかかっているポンチョは、まだ4着です。
いつもなら、ハリネズミ一人でも、約束の日までに間に合うでしょう。
でも、今、ハリネズミはとっても元気がありません。
お熱のあるシマリスの分も、自分ががんばらなくてはいけないのに、ちっとも編み棒が進みません。
ハリネズミは、隣のイスを振り返りました。
いつもにこにこ笑ってくれるシマリスは、そこにいません。
お家で寝込んでいます。
ハリネズミは、台所を振り返りました。
いつも温かいホットミルクを作ってくれるシマリスは、そこにいません。
お家で寝込んでいます。
ハリネズミがしょんぼりしていると、ぐーっとおなかが鳴りました。
***
ハリネズミはエダツノ屋へ出かけました。
台所に、ジャムやピクルスしかなかったからです。
エダツノ屋には、野菜も魚もたくさん売っています。
でも、ハリネズミはご飯を自分で作る元気もなかったので、クラッカーだけ買って帰ることにしました。
カウンターへ来ると、シカのおばさんが言いました。
「ハリネズミさん、おいしいキャンディを仕入れたの。よかったら、どう?」
「キャンディ?」
ハリネズミは、甘いものが大好きです。
興味をひかれてお菓子の棚へ来ると、見慣れない袋がありました。
「ハニーミルク?」
シマリスがいつも作ってくれるホットミルクにも、ハチミツが入っています。
ハリネズミは、そのキャンディも買って行くことにしました。
ハリネズミは、店を出ると、さっそくキャンディを一粒食べてみました。
ミルクの優しさとハチミツの甘さが広がって、胸が少し暖かくなりました。
***
ハリネズミが服屋に戻ってくると、丁度若いイノシシがやって来ました。
引いている荷車に、「イノシシ園芸店」と書かれています。
イノシシがぺこりと頭を下げて、低い声で言いました。
「ご注文のものを、届けに来ました。」
「え?わたし、何も頼んでないよ?」
ハリネズミが首をかしげると、イノシシはちょっと笑いました。
「いえ、シマリスさんです。寝込む前に。」
「シマリスが?」
イノシシが荷車から下ろしたのは、ピンクのシクラメンでした。
ハリネズミがドアを開けると、イノシシはシクラメンの鉢を窓際に置いてくれました。
窓からの日差しを浴びて、花が光って見えます。
ゆれる花を見ていると、シマリスが応援してくれているような、そんな気持ちになりました。
ハリネズミは、胸の奥から元気が湧いてきました。
「イノシシくん、イノシシくんっ。」
ハリネズミは、外へ戻ろうとしているイノシシを呼び止めました。
「お花、届けてくれて、ありがとうっ。」
そう言って、イノシシの大きな手に、キャンディを5つ握らせました。
「気をつけて帰ってね。」
ぺこりと頭を下げて、イノシシが荷車を出発させます。
遠ざかっていく背中が木々に隠れるまで、ハリネズミは手を振って見送りました。
「よし!がんばろう!」
店の奥へ戻り、テーブルに放っていたポンチョを手に取りました。
その瞬間、
ぐーっ!!
っと大きな音が鳴りました。
まず、ご飯を食べなくてはいけません。
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