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2.「ごめんな。」
森の花屋は、イノシシの一家が営んでいます。
お父さんとお母さんが、花を育てています。
お姉さんが店で花を売って、妹がそれを手伝っています。
お兄さんである若イノシシは、頼まれた花をお客さんに配達しています。
今日の配達が終わると、若イノシシは空の荷車を引いて、急いで花屋に戻りました。
今日は、”特別なツリー”を移動させる日なのです。
”特別なツリー”は、大きなモミの木で、店の裏に植えられています。
毎日、お父さんが大事に世話をしています。
若イノシシが荷車と店の裏に行くと、お父さんがもう、モミの木の根本を半分くらい掘り出していました。
若イノシシも手伝います。
根っこを傷つけないように、優しく掘ります。
モミの木が倒れないように、お姉さんが支えてくれます。
そうして、根っこが全部出てくると、若イノシシとお父さんは、モミの木を抱えて持ち上げました。
根っこを大事に布で包んで、荷車に載せます。
さらに、大きな鉢と、膨らんだ麻袋と、二つのカゴも載せました。
若イノシシが荷車を引いて出発します。
後からお父さんがついて来て、モミの木を支えてくれました。
***
イノシシ達は、森の真ん中にある広場にやって来ました。
広場では、三人のリスと、一人のクマが待っていました。
若イノシシが、大きな鉢を広場の一角に下ろします。
モミの木を下ろすお父さんを、クマが手伝ってくれました。
麻袋には土が詰めてありました。
クマにモミの木を支えてもらって、鉢に植え換えます。
こうして、広場に大きなツリーが立ちました。
学校が終わったのでしょう、広場には子ども達が集まって来ていました。
ツリーを見て、子ども達やリス達が歓声をあげます。
若イノシシは、荷車の二つのカゴをリス達に渡しました。
リスの一人が、カゴからピカピカの赤い木の実、青い木の実、黄色い木の実を取り出して、子ども達に配りました。
もう一人のリスは、カゴから白い花を取り出して、子ども達に配りました。
子ども達が大喜びでツリーを囲みます。
目をつけた枝に、木の実や花を引っかけていきます。
中には、自分で持ってきた松ぼっくりを飾る子もいました。
高い所にかけたい子は、クマに抱き上げてもらいました。
リスの一人も、上の方の飾りつけを手伝います。
はしゃいだ声を背に、イノシシ達は、ツリーを植えるのに使ったものを片づけていました。
そこに、声が飛んできます。
「お兄ちゃーんっ!」
弾丸のように、一人のウリ坊が駆けてきました。
妹イノシシです。
他の子ども達のように、ツリーの飾りつけに来たのでしょうか。
ウリ坊は、若イノシシの足下でぴょんぴょん跳ねます。
「お兄ちゃんっお兄ちゃんっ。髪飾りは?」
若イノシシは、何の話か分からなくて首をかしげました。
ウリ坊が焦った声で繰り返します。
「髪飾りだよっ。ハリネズミさんの所で買ってきてねって、頼んだでしょ?」
若イノシシは思わず目を見開きました。
そうでした。
朝、ウリ坊に頼まれたのでした。
赤いチェックのリボンを買ってきて欲しいと。
学校に行っている間に売り切れないよう、配達のついでに買ってきて欲しいと。
若イノシシは、そのことをすっかり忘れていました。
”特別なツリー”のことで頭がいっぱいだったのです。
「あー……その、すまん。」
若イノシシが頭を下げると、ウリ坊の目にうるっと涙がにじみました。
「買ってこなかったの?」
「うん。すまん。……そうだ。これ、ハリネズミさんにもらったんだが……。」
何とか泣かせずに済ませないものかと、若イノシシはキャンディを差し出しました。
しかし、ウリ坊は小さな手でそれを弾いてしまいました。
わんわん泣き出します。
その声にびっくりしたのでしょう。
ツリーの周りにいたみんなが、目を真ん丸にしてこちらを振り返りました。
若イノシシは困って頭を掻きました。
飛ばされたキャンディを拾ったお父さんが、ウリ坊の頭をなでました。
「今すぐ、父さんと買いに行こう。な?」
***
お店に、赤いリボンはもうありませんでした。
自分が悪いわけでもないのに、ぺこぺこ頭を下げるハリネズミさんを困らせるわけにはいきません。
若イノシシとお父さんは、涙ぐむウリ坊を急いで連れ帰りました。
ウリ坊にもう一度キャンディを渡すと、今度はちゃんと受け取ってくれました。
むっつり黙ったまま、キャンディをなめ始めます。
さっき拾ったキャンディを、お父さんが自分の口に入れました。
それを見て、若イノシシもキャンディを一つ食べました。
家に着くまでの間、ウリ坊の頬が膨らんでいたのは、キャンディを口に含んでいるからだけではありませんでした。
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