4.「よろしくね。」

1/1
前へ
/10ページ
次へ

4.「よろしくね。」

 キツネ先生は、森に住む音楽家の一人です。  森の音楽家達は、よく町へ公演に行きます。  でも、キツネ先生は、ほとんど町に行きません。  年に二回ほど、一番仲良しのタヌキさんに頼まれて出演するぐらいでした。  普段は、森で子ども達に歌や楽器を教えて暮らしています。  冬のこの時期になると、キツネ先生はちょっぴり忙しくなります。  ママさんコーラス部のコーチや、パパさんバンドのアドバイザーなどを頼まれるからです。  ***  キツネ先生は、毎朝エダツノ屋に買い物に行きます。  昨日も、夜遅い時間までバンドリーダーのモグラさんから相談を受けていました。  だから、とっても眠いのですが、どうしても朝早くから店に行きたい理由があるのです。  店の前まで来て、キツネ先生は辺りを見渡しました。  そして、目当てのそれが見当たらないことに、しょんぼりと肩を落としました。  会いたかった相手は、もう帰ってしまったようです。  それでも、買い物をしないと、朝ご飯にするものがありません。  キツネ先生は店に入りました。  サラダ用のニンジンを買おうと、野菜の棚まで来て、足を止めました。  なんと、野菜の棚が、ほとんど空っぽだったのです。  思わず、目をまん丸にして、棚を見つめてしまいました。  そうしていると、ガラガラと木の車輪が転がる音が遠くから近づいて来ました。  その音を聞いて、カウンターにいたシカのおばさんが顔を上げました。  車輪の音が、店のそばで止まりました。  キツネ先生もおばさんも、戸口へ目を向けます。  そこに、赤い頭巾を被った白ウサギが一人、駆け込んできました。  白ウサギは、カウンターまですっ飛んでいって、ペコペコと頭を下げました。 「すみませんっ。遅れてしまって。すみませんっすみませんっ。」  白ウサギは、農場の末っ子です。  毎朝、エダツノ屋に野菜を配達に来るのですが、どうやら今日はそれが遅れてしまっていたようです。  おばさんは、ほーっと息をつくと、カウンターから出てきて、白ウサギの頬に触れました。 「まあ、まあ、ユキちゃん。心配したのよ。無事で良かった。お兄ちゃんは?表にいるの?」  おばさんの問いかけに、白ウサギが首を横に振りました。 「いえ、その、今日は、わたしだけ、です。」 「まあっ。どうしたの?お兄ちゃん、具合が悪いの?」  おばさんが問いを重ねると、白ウサギはまた、首を横に振りました。 「ちがいます。元気です。ただ、ちょっとビニールハウスが壊れちゃって、そっちを手伝ってるんです。」 「ああ。昨日の夜は、風が強かったもんね。」  おばさんはこくこくとうなずいてから、はっと目を見開きました。 「あら、やだ。ユキちゃん、一人で荷車引いてきたの?大変だったでしょう?しばらく、うちで暖まっていきなさい。荷物下ろすのは、うちのにさせるから。」  おばさんは早口にそう言って、息子達に指示を出してしまいました。  あっという間で、白ウサギは口を挟む隙がありませんでした。  困り顔の白ウサギをイスに座らせると、おばさんは温かいお茶を渡しました。  しかたなく、白ウサギはお茶に口をつけます。  その間に、野菜が運び込まれていきます。  棚に並べられていくニンジンをちらっと見て、キツネ先生は白ウサギに近づきました。 「おはよう。」 「お、おはようございます。」  キツネ先生が声をかけると、頭巾の下で白ウサギの耳が、びくぅっと跳ねました。  白ウサギはカップで顔を隠してしまいます。  毎朝会って、こうしてあいさつしているのに、白ウサギはなかなかキツネ先生に馴れてくれないのです。  いつも一緒に配達に来ているお兄さんウサギは、元気よくあいさつを返してくれるし、世間話だってしてくれるのに。  白ウサギの方は、お兄さんの後ろに隠れてしまうのです。  野菜が運び終わるまで、まだ時間がかかりそうです。 「荷車、一人じゃ重かったでしょう。大丈夫だった?」 「だいじょうぶ、です。」  なんとか話を続けたくて、先生がそう聞くと、答えはカップの下から返ってきました。  頭巾からちらっとのぞいている、白ウサギの耳がぷるぷると震えています。  それを見ていると、何だかとっても悲しい気持ちになりました。  仲良くなることは、できないのでしょうか。  ため息をつきそうになった時、お菓子の棚にある、キャンディの袋が目に留まりました。  昨日、教えている子どもの一人がくれたものと同じでした。  キツネ先生は思わず、キャンディを二袋手に取りました。  おばさんにお金を払います。  袋の一つを、白ウサギへ差し出しました。  白ウサギの大きな目が、ぱちぱちとまたたきます。 「これ、オススメなんだ。良かったら、どうぞ。」 「あの、でも。」  キツネ先生の言葉に、白ウサギがカップの下でもごもごと応えます。 「今日は畑の方大変みたいだから、みんなにお土産ってことで。ダメかな?」  もう一度、押しつけるように差し出すと、ようやく受け取ってくれました。  カップをカウンターに置いて、白ウサギはじぃっとキャンディを見つめています。  ちょっと強引だったかな、とキツネ先生が心配していると、白ウサギが顔を上げました。 「あの、ありがとうございます。」  恥ずかしそうに笑って、 「キャンディ、好きです。」  そう言って、今度はキャンディの袋で顔を隠してしまいました。  → 44a27aa0-ff36-457c-8377-dd25b74d6422
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加