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4.「よろしくね。」
キツネ先生は、森に住む音楽家の一人です。
森の音楽家達は、よく町へ公演に行きます。
でも、キツネ先生は、ほとんど町に行きません。
年に二回ほど、一番仲良しのタヌキさんに頼まれて出演するぐらいでした。
普段は、森で子ども達に歌や楽器を教えて暮らしています。
冬のこの時期になると、キツネ先生はちょっぴり忙しくなります。
ママさんコーラス部のコーチや、パパさんバンドのアドバイザーなどを頼まれるからです。
***
キツネ先生は、毎朝エダツノ屋に買い物に行きます。
昨日も、夜遅い時間までバンドリーダーのモグラさんから相談を受けていました。
だから、とっても眠いのですが、どうしても朝早くから店に行きたい理由があるのです。
店の前まで来て、キツネ先生は辺りを見渡しました。
そして、目当てのそれが見当たらないことに、しょんぼりと肩を落としました。
会いたかった相手は、もう帰ってしまったようです。
それでも、買い物をしないと、朝ご飯にするものがありません。
キツネ先生は店に入りました。
サラダ用のニンジンを買おうと、野菜の棚まで来て、足を止めました。
なんと、野菜の棚が、ほとんど空っぽだったのです。
思わず、目をまん丸にして、棚を見つめてしまいました。
そうしていると、ガラガラと木の車輪が転がる音が遠くから近づいて来ました。
その音を聞いて、カウンターにいたシカのおばさんが顔を上げました。
車輪の音が、店のそばで止まりました。
キツネ先生もおばさんも、戸口へ目を向けます。
そこに、赤い頭巾を被った白ウサギが一人、駆け込んできました。
白ウサギは、カウンターまですっ飛んでいって、ペコペコと頭を下げました。
「すみませんっ。遅れてしまって。すみませんっすみませんっ。」
白ウサギは、農場の末っ子です。
毎朝、エダツノ屋に野菜を配達に来るのですが、どうやら今日はそれが遅れてしまっていたようです。
おばさんは、ほーっと息をつくと、カウンターから出てきて、白ウサギの頬に触れました。
「まあ、まあ、ユキちゃん。心配したのよ。無事で良かった。お兄ちゃんは?表にいるの?」
おばさんの問いかけに、白ウサギが首を横に振りました。
「いえ、その、今日は、わたしだけ、です。」
「まあっ。どうしたの?お兄ちゃん、具合が悪いの?」
おばさんが問いを重ねると、白ウサギはまた、首を横に振りました。
「ちがいます。元気です。ただ、ちょっとビニールハウスが壊れちゃって、そっちを手伝ってるんです。」
「ああ。昨日の夜は、風が強かったもんね。」
おばさんはこくこくとうなずいてから、はっと目を見開きました。
「あら、やだ。ユキちゃん、一人で荷車引いてきたの?大変だったでしょう?しばらく、うちで暖まっていきなさい。荷物下ろすのは、うちのにさせるから。」
おばさんは早口にそう言って、息子達に指示を出してしまいました。
あっという間で、白ウサギは口を挟む隙がありませんでした。
困り顔の白ウサギをイスに座らせると、おばさんは温かいお茶を渡しました。
しかたなく、白ウサギはお茶に口をつけます。
その間に、野菜が運び込まれていきます。
棚に並べられていくニンジンをちらっと見て、キツネ先生は白ウサギに近づきました。
「おはよう。」
「お、おはようございます。」
キツネ先生が声をかけると、頭巾の下で白ウサギの耳が、びくぅっと跳ねました。
白ウサギはカップで顔を隠してしまいます。
毎朝会って、こうしてあいさつしているのに、白ウサギはなかなかキツネ先生に馴れてくれないのです。
いつも一緒に配達に来ているお兄さんウサギは、元気よくあいさつを返してくれるし、世間話だってしてくれるのに。
白ウサギの方は、お兄さんの後ろに隠れてしまうのです。
野菜が運び終わるまで、まだ時間がかかりそうです。
「荷車、一人じゃ重かったでしょう。大丈夫だった?」
「だいじょうぶ、です。」
なんとか話を続けたくて、先生がそう聞くと、答えはカップの下から返ってきました。
頭巾からちらっとのぞいている、白ウサギの耳がぷるぷると震えています。
それを見ていると、何だかとっても悲しい気持ちになりました。
仲良くなることは、できないのでしょうか。
ため息をつきそうになった時、お菓子の棚にある、キャンディの袋が目に留まりました。
昨日、教えている子どもの一人がくれたものと同じでした。
キツネ先生は思わず、キャンディを二袋手に取りました。
おばさんにお金を払います。
袋の一つを、白ウサギへ差し出しました。
白ウサギの大きな目が、ぱちぱちとまたたきます。
「これ、オススメなんだ。良かったら、どうぞ。」
「あの、でも。」
キツネ先生の言葉に、白ウサギがカップの下でもごもごと応えます。
「今日は畑の方大変みたいだから、みんなにお土産ってことで。ダメかな?」
もう一度、押しつけるように差し出すと、ようやく受け取ってくれました。
カップをカウンターに置いて、白ウサギはじぃっとキャンディを見つめています。
ちょっと強引だったかな、とキツネ先生が心配していると、白ウサギが顔を上げました。
「あの、ありがとうございます。」
恥ずかしそうに笑って、
「キャンディ、好きです。」
そう言って、今度はキャンディの袋で顔を隠してしまいました。
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