6.「おきろーっ。」

1/1
前へ
/10ページ
次へ

6.「おきろーっ。」

 ドングリ食堂は、キタリスとクロクマが開いているレストランです。  キタリスは、シチューなどの煮込み料理が得意です。  クロクマは、タルトなどのケーキが得意です。  もちろん、他の料理もとってもおいしいので、お客さんが来ない日はありません。  遠く離れた町から、週一回も通ってくる常連さんまでいました。  ***  農場の白ウサギが帰っていくのを見送って、キタリスは食堂の台所に戻りました。  キャンディを、包んでいるハンカチごとテーブルに置きます。  台所の床の、調理台と調理台の間に、大きな黒いフカフカが寝そべっていました。  クロクマです。  夜、お菓子のつまみ食いをしていたのでしょう。  ビスケットの開いた箱が横に放り出されています。  口周りをお菓子のかけらで汚したまま、クロクマはすぴーすぴーと寝息を立てています。  この様子を見て、キタリスはため息をつきました。  虫歯になって後悔するのはクロクマです。  だから、キタリスはもう何も言いません。  むしろ、今まで何度言っても、このつまみ食い寝が全然治らなかったので、いっそ後悔してしまえ、と思っています。  それより、外の食材を中に運んでもらわなくてはいけません。  キタリスは、クロクマのおなかの上に飛び乗りました。  ぽいんぽいんと、その上で跳ねます。 「おい!起きろよ!そろそろランチの仕込み始めんぞ!」 「んー……。もう食べられない……。」 「お前が食べるんじゃねーよ!作るんだよ!」  キタリスの声に反応したのか、クロクマはむにゃむにゃと寝言をこぼしました。  キタリスは怒って、クロクマの鼻をフサフサのしっぽでぶちました。  それでもクロクマは起きません。  キタリスは、もう一度ため息をついて、クロクマのおなかから降りました。  もうクロクマのことは放っておいて、自分の仕事を始めようと思ったのです。  今日のランチのメインは、香辛料のきいたチキンスープです。  キタリスは、小さな体で、昨日洗っておいた大きな寸胴鍋を運びます。  コンロに、どしんっと鍋をおいて、さて、と振り返りました。  その時、テーブルに置いたキャンディのことを思い出しました。  せっかくもらったのだし、一つ食べてみよう。  一つつまんで包みを開き、ぽんっと口に放りました。  ミルクがなかなか濃厚です。  ハチミツの香りが鼻を抜けます。  なかなか好みの味です。  キャンディをもごもごとなめていると、視界のはじでクロクマが動きました。  クロクマの手がペチペチと床を叩いています。  鼻をすんすんと鳴らしています。  起きているわけではなさそうです。  キタリスは、それをしばらく無言で眺めると、キャンディをもう一つ手に取りました。  恐る恐るクロクマへと近づきます。 「おーい?」  クロクマの鼻の前で、キャンディを振ってみました。  すると。 「ホットミルク!」  大きな声と共に、クロクマがガバリと起き上がりました。  びっくりして、キタリスはキャンディを落としてしまいました。 「キャンディだ!」  クロクマは、すぐにそれをみつけて、目を輝かせました。  ひょいっと拾い上げて、ぱくっと食べてしまいました。  にこにこ笑って、キタリスを見下ろします。 「おいしい!これ、どうしたの?」 「ユキがくれたんだよ。」  キタリスが、呆れた声で答えます。  クロクマは、きょとんとして、裏口へ目を向けました。 「ウサギ達、もう来たの?」 「もうとっくに帰ったよ。早く、野菜中に入れてくれよ。」  キタリスは、ため息をつきながら、クロクマの腕をペチペチ叩きました。  クロクマはのそのそと立ち上がり、外へ出て行きます。  すぐに、野菜の箱を抱えて戻ってきました。  そして、元気に宣言します。 「今日のデザート、ハチミツケーキね!」 「はぁっ?昨日、チーズパイだって言ってただろ!」 「えー?良いじゃんっ。今日はハチミツケーキなの!」  クロクマが、どんっと箱を置きます。  キャンディをもう一つ食べてから、次の箱を取りに外へ出て行ってしまいました。  わくわくと楽しそうにしているその背中を見て、キタリスはまたまたため息をつきます。  クロクマは気分屋で、急なメニュー変更は珍しいことではありません。  キタリスは、キャンディののったハンカチを引き寄せました。  そこからキャンディを一つ取って、調理台の引き出しに隠します。  キタリスが一つなめ終わる前に、クロクマが全て食べてしまう気がしたからです。  案の定、クロクマは台所に戻ってくると、また一つ、キャンディをぽいっと口に入れました。  → 3ebf7c96-2a2c-4c6f-b59c-d9fa90d2b211
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加