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「もう絵はやめようと思う」 「それは駄目だよっ!」  思いのほか大きな声を出してしまい、びっくりしたのは彼女よりもぼくの方だった。  なぜ自分にも他人にも興味がなかったぼくが、彼女に対してはこんなにも熱くなるのか。  その答えはあくまでもぼくの自己満足でしかない。  彼女にとってはどうでもいいことなのだから言う必要はないのだが、それでは絵をやめないように説得するにはどうすればいいのか。  ぼくが咄嗟に頭をフル回転させて絞り出した答えが、「だって、これじゃあぼくが君に印籠をつきつけたみたいで後味が悪いじゃないか」という間抜けなもの。  でも考えてもみてくれ。  もともと彼女は絵をやめようと思っていたのかもしれないが、最終的な結論を出すきっかけになったのが、著名な美術評論家や画家ではなく、絵に関して何の知識もないド素人なぼくの感想が原因だとすれば、後々、世間が黙っちゃいないかもしれないじゃないか。  何気に説得力のある言い訳が出来たと自分自身で満足していると、あの独特な笑い声が木霊した。
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