隙間

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* 竜二はスマホのカメラアプリを立ち上げた。動画モードに切り変え左手で構える。 住み慣れたこの部屋。家賃が安いというだけで決めたおんぼろアパートだが、今ではこの世で一番落ち着ける場所。だがこの2、3日は居心地の悪さを感じていた。3日前から準備にとりかかり、噂道りにいけば今日、この部屋で、正確には押し入の襖で作った隙間に何かが起こるはずだった。 立ち上がり「よしっ!」っと、気合いを入れ振り返る。 対面する押し入れの襖には二センチ程度の隙間を作ってある。きちんとルールは守ったはずだ。スマホを自撮りモードに切り換えた。 「じゃあ今から、──撮影を始めたいと思います」それだけ言うとモードを外カメラに戻し、スマホのレンズを隙間へと移した。 押し入れまでの距離は二メートル程だが、恐怖心が強く、思うように足が進まない。半歩づつ摺り足でようやく襖の引き手に指がかかる位置まで移動した。 勢いをつけるために大きく息を吸い、吐く。引き手に指をかけた。──空気が変わった気がした。それまで乾燥していた空気が、ねっとりと湿ったものに変わり、身体にまとわりつくような感覚。首筋に粟が立ち、押し入れの中に漂う濃密な気配が、引き手にかけた指を引っ込めさせた。 「こわっ!」自然に出た言葉と一緒に身震いする。ちらりとスマホに目をやる。もしや肉眼では見えないナニカが映ってはいないかと確認するが特に異変はなかった。 緊張のため身体が呼吸の仕方を忘れてしまったのか、息苦しさを感じる。深呼吸で落ちつけるがそれでも速く打つ心臓の音が恐怖心を煽った。 トッ、トッ、トッ、トッと蛇口の閉めが緩かったのか、水滴がシンクを打つ音が妙に耳にさわり、気をとられた。次の瞬間、バチッ! と小さく音が鳴り和室の明かりが消えた。
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