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「当然です。他にどこへ」
「さっき履歴書を見直してて気付いたんだが、自宅は鎌倉だそうだな」
雫は、自分の腕時計にちらりと目をやる。
「そうです。急がないと終電に間に合わなくなるので、失礼します」
大きな身体を押しのけて行こうとするも、片瀬は一センチも譲ってくれない。
「この時間で既に終電ぎりぎりだと? そんな遠くから毎日どうやって通う気だ」
「仕事はちゃんとやりますよ」
雫は苛々と言い返した。そもそも、勤務時間の交渉をする余地もなく「明日から来い」と強引に言い渡したのはこの人ではないか。
「終電に間に合わなければ、始発までどこかで時間を潰します」
正直、当てがあるわけではない。自宅からこれほど遠い店に勤めるのは初めてだし、閉店時間ももう少し早い店が多かった。それでも、仕事を途中で放り出して帰るいい加減な人間だなどと決めつけられてはたまらない。
だが、それまでは比較的淡々と話をしていた片瀬が、そこで急に大声を上げた。
「莫迦野郎。うちの従業員にそんな働き方をさせられるか」
その声を聞きつけてか、フロアの方から稲村がひょいと顔を覗かせる。
「犀利さん、どうかしました?」
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