§3

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 平屋建てだが、一人暮らしでは持て余しそうなほどの広さだ。元々かなりの豪邸だったのだろう。繊細な造りの格子戸や、今では木材の入手が困難だろうと思わせるほど立派な柱や、精緻な透かし彫りが施された欄間などはそのままに、床はフローリングにするなどモダンにリフォームされている。 「ここが客用寝室だ。昨日ハウスキーパーが来たばかりだから掃除は行き届いてるはずだ。クローゼットや引き出しの中にあるものは自由に使ってくれて構わないし、何か足りないものがあれば言え」  案内されたのは、さながらリゾートホテルの一室だった。八畳ほどの広さで造りは和室だが、床はフローリングで、ゆったりとしたサイズのベッドが置かれている。掃き出し窓の向こうは中庭らしい。 「風呂場と洗面所は、廊下を左に折れた先だ。風呂は二十四時間沸いてるから、先に入れ」  拉致されたに近い状況だが、さすがにここまで豪華な待遇だと恐縮する。 「いえ、泊めていただくだけで充分ですから」 「俺はまだ仕事をするから気にするな」  そう言い置いて、片瀬はきびきびと部屋を出ていってしまった。  押入れを作り替えたらしいクローゼットの中にはパジャマだけでなく、封を開けていないブランドものの下着まで用意してあった。さらにふかふかのタオルに、使い捨ての歯ブラシや安全剃刀など。  もはやあれこれ考えるのすら面倒になる。雫はひとまず仕事の汗を流そうと、教えられたとおり廊下の先の風呂場へと向かった。
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