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赤ワインが一本抜栓してあり、中身がグラスに注がれている。片瀬はその傍らにノートを開いて何やら書き込みをしている様子だ。
椅子の背に腕を乗せ、片瀬が顎をしゃくる。
「付き合うか?」
「はい」
少し大きすぎるパジャマの襟ぐりから首を前に伸ばして即答する。新しいワインを味見できる機会は何があろうと逃したくない。
片瀬は野性的な口元に面白がるような笑みを浮かべると、キッチンからもう一つワイングラスを持ってきた。さすがにスーツ姿ではなく、シンプルなニットにコットンパンツという出で立ちだが、きびきびとワインを注ぐ姿は一流ソムリエのようだ。
「店で出そうと考えてるんだが、どう思う」
差し出されたグラスを前に、雫は深く息をついた。感覚を研ぎ澄ませ、慎重に一口飲む。
品よくまとまっているが突出したものもない、優等生の赤という印象だ。
「タンニンは軽め。果実味が強くて口当たりは上品」
簡潔に評してから、雫は首を傾げる。
「これ、ハウスワインと特徴が被りませんか」
わざわざ似た味わいのものを新たに加えるメリットが見いだせない。ところが片瀬は関係ないとばかりに、自分のスマートフォンを取り出して風景写真を見せてくる。
「産地が全然違う。これはシエナ近郊のワインなんだが、見てみろ、絶景だぞ」
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