§5

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 中学に上がる頃から、両親が食卓で開けるワインを一口二口舐めさせてもらうようになった。父の説明に耳を傾け、それに合わせて作られた母の手料理を食べる。ワインや料理の知識はごく自然に身に着いていった。  しかし、その両親と本格的に酒を酌み交わす機会はついに訪れなかった。雫が大学に入ったばかりの夏、二人は北海道の高級オーベルジュの取材帰りに交通事故に遭い、仲良く天国へと旅立ってしまったのだ。父は地方の仕事にはよく母を伴って出かけ、業界ではおしどり夫婦として有名だったが、まさか最期まで一緒に逝ってしまうとは思わなかった。  幸い両親の蓄えがあったので自宅は手放さずに済んだし、進学もできた。大学では経営を勉強する傍ら、亡き父の人脈を頼って飲食店でのアルバイトにいそしんだ。父と母が遺してくれた最大の財産は、この人並み外れて鋭敏に育った味覚だと確信していたし、それを活かして自分の道を切り拓いてこそ天国にいる二人も安心してくれると思っていた。 「えーっと、なんだっけこの味……あ、ルバーブか」  滑らかなマッシュポテトに、いちごゼリーのような赤い、甘いソースが添えられている。沖縄のアグー豚を使ったジューシーなポークソテーに、これが絶妙に合う。 「長谷川さん、まかないでこんな凝ったもの出してくれなくていいのに」  長谷川は、仏頂面の端をめくり上げるようにかすかに笑った。 「藤倉は味がわかるから作り甲斐があるな」     
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