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「それなのに、せっかく繁盛し始めた店をどこも半年以内に辞めてるのはどういうわけだ。長く勤め続けられない理由でもあんのか」
そこを突っ込まれると痛い。
だが、用意してきた言い訳のうちどれを繰り出そうかと頭の中のカードをめくっているうちに、雫は急に面倒になる。
むしろこれは、不採用になる絶好のチャンスではないか。
「プライベートなことなので、答えたくありません」
きっぱりと告げる。それを聞いた片瀬は頬杖をついたまま目だけを上げ、初めて雫の顔にまともに視線を向けた。
目が合った瞬間、きん、と耳の後ろで刃音が響いたような錯覚を起こす。
心の中に何がしまわれているか、隅々まで読み取られてしまいそうな視線だ。そこまでの中身が自分にあるかどうかは別として。
「ははーん。なるほど」
その筋の人間でも肝を冷やしそうな鋭い視線を雫の顔から離そうとしないまま、片瀬は唇の端をきゅっとひねり上げた。笑顔と呼ぶにはいささか獰猛すぎる表情だ。
「可愛い顔して気が強いな。喧嘩して店をクビになってばかりか?」
かっと頭に血が上る。どうしてこの男は、雫が何も言わないうちからずばりと核心を突いてくるのだろう。
「そうです。どの店も人間関係のトラブルで辞めました」
昂然と顔を上げ、ヤケクソ気味に言い放つ。
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