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§6
稲村の言ったとおり、平日よりも早い時間帯から席が埋まっていく。テーブル席に三人連れの女性グループを案内し、一通りワインを勧めた後で、別テーブルに料理を運んでいく稲村に声をかけられた。
「シズ君、二階のお客さん、ワインの相談したいって。頼んでいいかな?」
「もちろんです」
雫は、カウンター脇から階段を軽やかに駆け上がった。
この店はテーブル席の上は開放感のある吹き抜けになっているが、カウンター部分は二階建て構造になっている。上にはローテーブルと二人がけのソファ席があり、観葉植物などでゆるく仕切られていて、カップルにも人気のスペースだ。
だが、今日の客は男性一人だった。
「お待たせいたしました」
声をかけると、ワインリストを開いていたその客が振り向く。
(あ)
危うく、手にしていた伝票を取り落とすところだった。
オレンジ色のフレームの眼鏡をかけた四十絡みのその男も、雫の顔を見るなり目を丸くした。だがすぐに、気障な口髭を生やした口元に笑みを浮かべる。
「ついてるな。ふらりと散策に出てみたら、こんなところで藤倉ちゃんに会えるとはね」
「……こんなところまで『ふらりと散策』ですか、城山さん」
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