§6

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「ワインは白から赤までなんでも合いますが、たとえばプロセッコはどうでしょうか。泡ものは口がさっぱりしますし、華やかな香りは南国のフルーツとも相性がいいと思います」 「へえ。ずいぶんと安いプロセッコだ」  こういう言い方に、いちいちマウント取りにくるんじゃないよ、と反発してしまうのは自分の心が狭いせいだろうか。 「うちの店は輸入会社直営ですから、どのワインも他店では出せないようなリーズナブルなお値段で提供させていただいてます」 「『うちの店』ね。藤倉ちゃん、僕の店で働いていた頃はそんな言い方しなかったのにね」  ねちっこく雫の口真似をするのが鬱陶しい。 「ご注文はマンゴーとベーコンのアンティパストとプロセッコのグラスでよろしいですか」  強引に会話を打ち切ろうとする。だが、城山は雫を見上げて猫なで声を上げた。 「藤倉ちゃん、うちの店に戻ってこない?」  ぞわっと鳥肌が立った。ふざけるな、と叫び出したいところを辛うじてこらえる。 「ご冗談でしょう」  切り返す声がこわばるのが自分でもわかる。 「さっきも言ったこの近くに出す支店のスタッフを募集してるところでね。藤倉ちゃんが来てくれたら心強いんだけどなあ」  ぺたりと貼りつくような声の調子以上に、平気でそんなことを言い出す城山の神経が、心底気味が悪い。 「ご覧のとおり、今はこちらの店が忙しくて」     
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