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片瀬は稲村を呼ぶと、雫が手に握ったままだった城山の注文伝票をするりと抜き取る。
「その前菜とプロセッコの料金はいらん。その代わり、追加オーダーは受け付けずにとっとと追い出せ。ゴネるようなら俺が行く」
「承知しました」
雫は仰天した。
「そ、そんな。相手はお客さんですよ!」
「店員に嫌がらせをするような奴は、少なくともうちの店の客じゃない」
片瀬は突き放すように言うと、雫の方を振り向いた。
「お前は、今日はもうこのまま帰っていいぞ」
雫は慌てて首を振る。
「大丈夫です」
先ほど城山に握られた手首には、まだ嫌な感触が残っている。軽い吐き気さえする。それでもこんな理由で今、ここを放り出されたくはなかった。
だが、片瀬は難しい顔で腕を組む。
「無理をするな。お前に嫌な思いをさせてまで働かせるつもりはない」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
どうやら怒られたわけではないらしい。それどころか、雫の気持ちを思いやるような言い方にぽかんとしてしまう。
片瀬は怪訝そうに眉をひそめた。
「何を驚いてる。そんなの当たり前だろう」
そんなの全然、当たり前じゃない。
「お前が抜けた後は俺が代わりに入ろう」
片瀬は真顔でそんなことまで言う。
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