§6

7/7
502人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
 雫は驚きを呑み込んで、今片瀬に言われたことを頭の中で反芻した。 (お前に嫌な思いをさせてまで働かせるつもりはない)  心の中のこれまで自分でも知らなかった場所が、じんわりと温もっていく。  この店は辞めたくないと思った。そのためには、片瀬に落ち込んだ顔は見せられない。  よし、と心を決めると、ひとつ息をついて、精一杯生意気な笑顔を作る。 「オーナーが接客なんかしたら、お客さんが怖がって帰っちゃいますよ」 「おい、雫」  雫の言い草にしばし呆気に取られていた片瀬だが、やがてその顔がいつかと同じ、窓を大きく開け放したような笑みへと変わった。 「そりゃあんまりだろう」  なぜかひどく嬉しそうに言うと、片瀬はくしゃり、と雫の髪を撫でる。 「わかった。じゃあここは、お前に任せる」 「はいっ」  背筋を伸ばして、元気よく返事をする。  任せる、の一言がこれほど嬉しかったことはなかった。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!