§1

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「おいイナ。うちのハウスワインの赤をグラスに一杯持ってきてくれ」  稲村(いなむら)というその男は、最初に店長だと自己紹介したきり面接には口を挟まず、シェフらしき男と二人で開店準備作業をしていた。 「承知しました」  どこか面白がるような笑顔を浮かべて、稲村が店の奥へと消える。片瀬はひとつ頷くと、雫の方を向き直って足を組み直した。 「せっかく来たんだ、一杯くらい飲んでいけ」  下から見上げるような角度でも充分に威圧感がある。 「それともまさか下戸か?」  そんなことを言われては引き下がれない。 「酒は飲めます。味もわかります」  見くびってもらっちゃ困る、と思いながら椅子に座り直した。そこへ、稲村がトレーに赤のグラスワインを乗せて運んできてくれる。 「まあ飲んでみろ」 「ブラインドテストですか」  用心深く目を上げると、片瀬は何か企んでいそうな目でにやりと笑う。 「そんな難しいことは言わない。好きか嫌いか、感想だけでも聞かせろ」  そう言われると、逆に全力でテイスティングしてやる、と意地になる。雫は黙ってグラスを手に取った。     
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