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透明感のある深いルビー色が、グラスの中で宝石のように輝く。だが、口に含むと渋味も酸味も穏やかで、意外なほど優しく柔らかい味わいだ。フルーティな香りの奥にアーモンドのようなコクが感じられる。
過去の味の記憶の中から似た特徴を掘り起こし、頭の中のワイン辞典のページをめくる。
「リグーリアかピエモンテのドルチェット」
片瀬がひゅう、と高く口笛を吹いた。
「よくわかったな。ピエモンテ州の、家族経営の小規模な生産者が造っている」
ピエモンテの赤といえばバローロやバルバレスコといった重厚なワインが有名だが、地元の人々はむしろ、もっと手軽なこういうタイプの赤ワインをよく飲んでいるらしい。
「溌溂としててバランスもいい。前菜からセコンドまでなんにでも合わせられそうだ」
独り言を呟いていると、正面から裁定を下すような声が降ってきた。
「採用」
「は?」
「気に入った。明日からうちで働け」
一方的に告げると、片瀬は組んでいた長い脚をほどいて椅子からひらりと立ち上がる。
「え、あの。俺はまだ、ここでお世話になりたいとは一言も」
「従業員応募の面接に来たんだろう?」
態度こそ横柄だが、明らかに片瀬の言い分の方が正論だ。あなたの様子を見て気が変わりました、とはさすがに言えない。
立ち上がった片瀬は、逃げ道を塞ぐように上から雫の顔を見下ろしてくる。
「それとも、セクハラの心配か」
「は?」
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