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「ハセの方は中学の後輩だっていうけど、当時は相当にやんちゃだったらしくて、犀利さんには一ミリも頭が上がらないらしいよ」  シェフの長谷川(はせがわ)は、押しも押されもせぬイタリアンの名店で修業を積んだ本格派の料理人だ。人当たりのいい稲村とは対照的に、黙々と自分の仕事に徹するタイプだ。  その二人を引き抜いた片瀬の正体は極道者などではなかった。  不動産業を営む一家の次男に生まれたそうだが、家業を継ぐのは兄に任せ、大学卒業と同時にワインの輸入会社を起業したという。事業が軌道に乗ると、今度は自ら仕入れたワインを提供する飲食店の経営に乗り出した。それがこの「夜の猫」というわけだ。  先入観を取り払って客としての目で見ると、悪くない店だ、と素直に思える。  敢えて本格的なリストランテの体裁は取っていない。それこそ夜の街を散歩する気まぐれな猫のような気分で、ふらりと入れるカジュアルな店構えだ。こだわりを持って仕入れた本格的なワインは、輸入業者直営ならではのリーズナブルな価格だし、グラス一杯から注文できるのも敷居が低くてよい。都心のオフィス街に程近い立地もあって、平日は仕事帰りに立ち寄る客が多いようだ。  流行らない方が嘘みたいな店なのだが。 「売上が伸び悩んでてね」     
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