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§1
使い捨ての招き猫、なんてものがもし存在していたとすれば、自分はその生まれ変わりだろうかと思うことがある。
店が流行って不要になったら捨てられる。それか、こちらの意思で立ち去る。正直、どちらでもよかった。自分の知識と能力が有効に使われる限りは働くし、それが受け入れられないなら袂を分かつまでだ。
ただ、雇われる前に辞めたいと思った店はこれが初めてだ。
「藤倉雫、か。藤倉っていえば、かつて一世を風靡したグルメライターがいたな」
いきなりどう相槌を打ったものかと悩むが、相手は雫の履歴書に目を落としたままだ。
「二十五歳にしてはずいぶんと飲食店での経験が豊富じゃないか」
男は、このワインバー「夜の猫」を経営する片瀬犀利と名乗った。
巷にちょっといないくらいの、迫力満点のいい男だ。バーのフロアの椅子の上で長い脚を悠然と組む姿が、怖いくらい様になる。
一目でオーダーメイドとわかるスリーピーススーツ。ノーズの長いイタリアンスタイルの靴。乗用車の一台くらい買えてしまいそうなクロコダイルレザーベルトの腕時計。
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