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§3
閉店時間の十一時を過ぎてフロアの掃き掃除をしていると、「藤倉君はもう上がっていいよ」と稲村に促される。
「初日で疲れたろ。今日は俺も随分と助けてもらったから」
ぽんぽんと肩を叩かれると、急に疲れが身体にのしかかってくる気がする。接客も、初めての職場も慣れているとはいえ、やはりそれなりに気を張っていたようだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「うんうん。また明日もよろしくね」
「ゆっくり休めよ」
何かと目配りのきく稲村だけでなく、終始ぶっきらぼうだった長谷川にまで声をかけられたところを見ると、自覚している以上に疲労が顔に出ているのかもしれない。
ロッカーで手早く着替えを済ませて出ようとしたときだった。店内へと続く狭い通路に、ぬっと大きな人影が現れる。
「……オーナー?」
「お前、どこへ行く気だ」
今日も一分の隙もなく三つ揃いのスーツを着こなした片瀬に通せんぼをされて、雫はきっと顔を上げた。
「稲村店長と長谷川シェフから、今日はもう上がっていいと許可をいただきました」
何か文句ありますか、とばかりにつんと顎をそらすが、片瀬は腕を組んだまま「そうじゃない」と首を振る。
「今から家に帰る気か」
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