§5

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「え。シズ君、本格的にソムリエの勉強をしたわけじゃないの?」  ワインや料理についての知識は独学だと打ち明けると、稲村は目を丸くした。 「ええ。子供の頃から親に仕込まれて。後は、家にあった専門書を片っ端から読み漁ったくらいですかね」  父の藤倉保志は、バブルの時代に名を馳せたグルメライターだった。特にイタリア料理とワインに造詣が深く、「イタメシのフジクラ」の異名を取った。活躍の分野は活字媒体に留まらず、一時期はテレビ番組に出演したりもしていたようだ。その仕事の縁で、当時人気の女子大生タレントだった瑞華(みずか)と知り合い、一回りも年下の彼女と結婚した。  ところがこの、プロフィールだけ見れば軽佻浮薄(けいちょうふはく)の見本のような夫婦は、実は二人揃ってなかなかの家庭人で子煩悩だった。一人息子の雫はこの両親に、愛情と上質な食事を溢れるほど与えられて育った。  父は仕事のつてで入手した高級食材を最優先で家庭に回すような人だったし、母は料理好きな上に凝り性だった。雫にとって家庭料理は、そこらのレストランなどよりよほど上等で美味なのが当たり前だった。     
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