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§7
実家の不動産会社に当たっているが手頃な物件がないという理由で、働き始めて一カ月以上が経っても、片瀬は自宅に雫を下宿させてくれていた。相変わらず家賃を請求されることもない。最初はあれこれ気を遣っていた雫も、最近ではすっかり同居のペースに慣れてしまって、たまに店の定休日に鎌倉の家に戻ると落ち着かなく感じるほどだった。
「店で出すなら、このアルネイスより、こっちのソアーヴェだと思います」
こうして深夜のテイスティングに付き合うのも、もうすっかり日常の一部と化している。
「うーん、俺はアルネイス推しなんだけどな」
椅子の背にもたれかかりながら、片瀬が腕組みをする。
「確かに、こっちもいい出来ですよね」
白ワインだが、とろりと芳醇で旨味が濃い。洋梨や桃のような華やかな香りと、クリーミーな味わいが後を引く。
「だろ。コストパフォーマンスも抜群だし、これは仕入れて正解だったな」
「でも、夏の白は爽やかなタイプを押さえておくのが鉄則でしょう」
その点、酸が軽やかで後口もさっぱりとしたソアーヴェの方に分がある。
「これなら、これから蒸し暑くなる季節にもグラスが進むと思うんです」
だが片瀬は引き下がらない。
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