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§8
稲村と長谷川と相談して、雫は少しでも客がワインを選びやすくなるような工夫をすることにした。味に特徴があってわかりやすいワインをいくつかピックアップし、簡単な説明を添えて店内の黒板に書き出す。さらにフードメニューにも、それぞれの料理と相性のいいワインを書き添える。
ワインリストは最初から渡すのではなく、多くの銘柄の中から選びたい、という客に対してだけ持っていくスタイルにしてみた。
ところがそうやって知恵を絞っているにもかかわらず、店の売上は今ひとつ伸びない。それどころか六月に入ると目に見えて客が減ってきた。
「招き猫体質が薄れたかな」
ぼんやりつぶやいた独り言を、稲村が聞き咎める。
「えっ、シズ君なんか言った?」
「や、なんでもないです」
今日のお勧めワインの黒板を書きながら、雫は慌てて首を横に振る。
本気でいいと思った店に限って流行らせることができないなんて皮肉なものだ。
一方、雫は心のどこかで安堵してもいた。
片瀬はああ言ってくれたが、いずれ、こんな面倒な奴にもう用はないとお払い箱になるのではという不安はどうしても消えない。
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