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たくましい身体が後ろ向きにかしいだ。いかにも予想外の反応だ、と言わんばかりの顔を、雫はきっと睨みつける。
「……セクハラをしてる暇なんてなかったんじゃないですか」
片瀬が、はっと姿勢を立て直す。
「違う。今のは……」
「それとも……俺の方から誘っているような誤解をさせましたか」
誘ってきたのはお前の方じゃないか、などと身勝手な勘違いを押し付けてきた城山の態度を思い出して、雫の身体が屈辱に震える。
「雫」
慌てたように伸ばされてきた手を振り払って、雫は片瀬に背を向けた。
「おい、待て。俺に言い訳をさせろ」
「嫌です。聞きたくない」
「雫!」
片瀬の声に背を向けて、自分の部屋へと駆け戻る。乱暴に戸を閉め、その場にずるずるとへたり込む。
「信じてたのに」
喉の奥からせり上がってきた言葉に、自分で驚いた。それから急に、声を上げて泣き出したいほど哀しくなる。
片瀬のことを信じていた。彼の揺るぎなさを頼りにしていた。あの人なら理不尽なことはしないと確信していたからこそ、安心して本音が言えた。どんな生意気を言っても楽しそうにそれを聞いてくれる人なんて初めてだった。
それなのに。
(寂しかったか)
心の隙間に入り込むような片瀬の言葉を思い出して、雫は強く唇を噛む。
「そんなこと、一言も言ってない」
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