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「あの、その、部長…、えっと、その、昨日は…」
動揺してしまって言葉が出てこない。そんな私に、部長は穏やかな声で言った。
「俺の名誉のために言うけど、何もしてないから、」
「へっ?」
「俺はリビングで寝てたし。酔った部下に手を出す程、見境のない男じゃないよ、」
「えっ、あの、その…」
「信じるか信じないかは君の自由だけど、」
じゃあ、なんでこんな格好?
頭に浮かんだハテナが見えたのか、部長が付け足す。
「君、飲めないならそう言いなさい。強気でガンガン飲むから、飲めるのかと思って勧めたら歩けなくなって、」
「え、」
「タクシーまで運ぼうとしたら俺の胸で吐いて…仕方なくここに運んだって訳、」
「…マジですか…」
「服が汚れたから脱がせただけ。下着を見たのは悪かったよ、」
そう言って、部長は私の服らしきものを差し出した。几帳面な部長らしく、キッチリ畳んである。
「洗ってアイロンかけたから。これ着て早く帰りなさい。もう始発も動いてる、」
「も、申し訳ありませんでした…!」
土下座する勢いで頭を下げる。
部長に弱味を握られまいとペースを合わせたのに、かえって変なところを見られてしまった。悔しい、悔しすぎる。
頭を下げたまま唇を噛み締めていると、笑い声が降ってきた。見上げると、またあのクシャクシャの笑顔。
「…また、部長に弱味握られた!とか思ってる?」
「えっ、」
図星を突かれて驚いた。考えていたことが口に出てしまっていたのだろうか?
アタフタしていると、「昨日、そればかり言ってたよ」と、まだ笑っている。
「部長に弱味は握らせません、打倒魔王!とか何とかかんとか、」
「えっ、」
「悪酔いするタイプみたいだから、あまり外では飲まない方が良いな」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
最低だ、最低すぎる。悪酔いして絡んで、おまけに吐いて爆睡して。洗濯までして頂くなんて…!
慌てて服を着ると、リビングの部長にスライディングする勢いで土下座して。相手の反応も見ないまま、そのマンションを飛び出した。
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