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美也子から見てステージ左側、砦のごとく聳え立つシンセサイザーや音源機材に囲まれるユウキは悠々と音を紡いでいる。
その隣、中央には華奢なシャツ姿のボーカリスト、ジュンが騎士のごとくマイクスタンドを抱え、仁王立ちしている。かき鳴らすシンセサイザーの音色に悲鳴にも近い歌声を重ねる。眉間に皺を寄せたかと思えば、花が咲いたかのようにぱあっと笑顔をこぼす屈託のない表情に、美也子はいつも母性本能をくすぐられる。
一方、ステージの右側には目深に帽子を被り、気配を消すか消さないかのぎりぎりの存在感でギタリストのシュウジが、そっと重低音を載せている様は職人のようだ。
その斜め奥、シンセサイザーの宮殿の城壁の如く組まれたドラムセットの主と、その番人のように佇むベーシスト。サポートメンバーが小刻みにリズムを叩き付けると音楽の鼓動がどくどくと脈打った。
カラフルに音色が絡み合い、バンドメンバー全員の魂が音楽の姿を借りて一気に噴出する。
音楽の滝だ。
客席のオーディエンスは一気に呑み込まれ、呑まれることを待ち望んでいたようにビートに合わせて両腕を一斉に振り上げる。
1万5千人もの人間が、ひとつのカタマリにまる。
その中――三万本もの腕がステージに向かって波打つ中、 美也子は激流の中に取り残されていた。涙が両目から溢れていた。
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