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「そんなんじゃないですって。ちょっと、何て言うか……感動したっていうか」
「そういうとこが健気なの! でも、ま。私も、ジュンに対する愛は誰にも負けないけどねぇ」
煙草の煙で遮るように美也子の否定を聞き入れず、沙和が自分の話に切り替える。
「モデルの彼女がいたっていいの。推しの幸せは、自分の幸せ!」
沙和が黄色い歯を見せながら自分の本命であるボーカリストの名を出すと、
「いやぁ、ジュンてば今日もやってくれましたね。相変わらず独走がハンパない!」
美也子の肩越しに大貫麻衣が、小柄な背丈を凌駕する勢いで捲し立て始める。
「今日のアカペラパート! 絶対、予定より長かったでしょ。ジュンってば自由過ぎ」
麻衣は華奢な体を武装するような黒いレザーのつなぎを着ている。生地に鏤められたパンキッシュな鋲の飾りと、一度も染めたことのない黒髪が不釣合いで、下手すると中学生に見えなくもない。
実年齢は一つ年上、美也子と同じアラサーだ。
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