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第四章:朱雀、翔ぶ。
「親方、失礼します!」
駆け込んできた若い男弟子の声に女職人は手を止めて白髪の目立ち始めた頭を振り向けた。
開け放った扉からは家々の夕飯支度の匂いと共に秋の終わりのひんやりした空気が音もなく流れ込んでくる。
「陛下がとうとうお隠れになったそうです」
息子ほども若い弟子の言葉を耳にすると、五十半ばの女職人の円らな大きな目に一瞬、少女に返ったような震えが走った。
「そう」
まだ彫り始めたばかりの鮮やかな朱色の石に目を落として呟く。
「孫姫様の腕輪にまた朱雀を彫って欲しいとご依頼をいただいたばかりなのに」
瑪瑙の中からまだ完全には姿を現していない神鳥。
「陛下がまだ公主様だった頃、私の彫った朱雀の首飾りをご覧になって、女子でも男を超えることは出来る、と」
「そうですか」
肯定も否定もしかねる風に答える若者をよそに女職人は再び石を彫り始めた。
丸窓からは赤々と燃えるような秋の夕陽が射し込んできている。(了)
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