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ある日のことだった。
FM76.0から79.5へ変えるため、ラジカセの選局ボタンをいじる。本来なら、76.0と79.5の間に、受信できる局はないはずだ。
しかし、FM79.5に辿り着く前に、STと表示される瞬間があった。ステレオ放送が聴ける。
はっきりと、パーソナリティと思われる女性の声が聞こえた。自虐ネタや誰かの悪口など、ブラックユーモアの含まれる話題ではあったが、喋りが面白いと思った。
周波数をメモしようと、引き出しからノートを引っ張り出す。チャンネルを、リストに新しく追加しよう。
ディスプレイを見る。しかし、周波数が表示されていない。
『……あの人だけは無理なの。私が後輩ではあるん
だけど、共演NG出してる唯一の人間。ラジオパーソナリティでありながら、全然面白くないんだもん』
気持ち悪い。
とりあえず選局ボタンを押した。依然として、女性の声が流れ続ける。
『……いやー、ほんとに。喋りの才能もないくせに自分の番組がもてるなんて。やってらんないよね』
長押しして、最寄りのステレオ局に合わせようとしても、音声は変わらない。周波数も表示されない。
『……本気で、存在が恨めしい』
鳥肌が立ち、AM放送への切り換えを図る。
変わらない。女性はまだ喋り続けている。
『……だから、殺すつもりで計画は立ててるの。自分で死んでくれればいいのに。私の手を煩わせないでよー』
コンセントからプラグを引っこ抜く。やっと、音は聞こえなくなった。
もう一度プラグを差して電源を入れると、周波数は76.0と表示され、耳障りなノイズが流れ続けた。
それから数週間、俺は恐怖でラジオを聴けなくなった。
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