FM

3/7
前へ
/7ページ
次へ
ある日のことだった。 FM76.0から79.5へ変えるため、ラジカセの選局ボタンをいじる。本来なら、76.0と79.5の間に、受信できる局はないはずだ。 しかし、FM79.5に辿り着く前に、STと表示される瞬間があった。ステレオ放送が聴ける。 はっきりと、パーソナリティと思われる女性の声が聞こえた。自虐ネタや誰かの悪口など、ブラックユーモアの含まれる話題ではあったが、喋りが面白いと思った。 周波数をメモしようと、引き出しからノートを引っ張り出す。チャンネルを、リストに新しく追加しよう。 ディスプレイを見る。しかし、周波数が表示されていない。 『……あの人だけは無理なの。私が後輩ではあるん だけど、共演NG出してる唯一の人間。ラジオパーソナリティでありながら、全然面白くないんだもん』 気持ち悪い。 とりあえず選局ボタンを押した。依然として、女性の声が流れ続ける。 『……いやー、ほんとに。喋りの才能もないくせに自分の番組がもてるなんて。やってらんないよね』 長押しして、最寄りのステレオ局に合わせようとしても、音声は変わらない。周波数も表示されない。 『……本気で、存在が恨めしい』 鳥肌が立ち、AM放送への切り換えを図る。 変わらない。女性はまだ喋り続けている。 『……だから、殺すつもりで計画は立ててるの。自分で死んでくれればいいのに。私の手を煩わせないでよー』 コンセントからプラグを引っこ抜く。やっと、音は聞こえなくなった。 もう一度プラグを差して電源を入れると、周波数は76.0と表示され、耳障りなノイズが流れ続けた。 それから数週間、俺は恐怖でラジオを聴けなくなった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加