海の目へいこう

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海の目へいこう

 ──シュトラール王国 シュトラール城王妃の寝室にて。  ノームの目の前にはすっかりやせ細った母であるペルセネが眠っていた。  ペルセネの侍女であるセーネの啜り泣く声だけが部屋に響いている。  医者はつい先ほど「これ以上は何も出来ない」とノームに頭を下げた。  ノームはそんな医者を部屋から追い出し、どんどん生気が失われていくペルセネの手を握っている。  ──母上の手が冷たい。  ──余は、このまま独りになってしまうのか。  ──父上は……母上が危篤だというのに、見舞いすら来ない。  唇を噛みしめ、ぐにゃりとペルセネが歪んでいく。    ──嗚呼。  ──エレナに会いたい。  エレナの笑顔を思い浮かべながら、ノームはペルセネの手を己の額に当て、どうしようもない悲しみに襲われるしかなかった。  するとその時、セーネが膝を崩した。 「セーネ!? どうしたのだ!?」 「あぁ、ノーム様、私はおかしくなってしまいましたわ……!! 幼い頃からお世話をさせていただいていたペルセネ様の今のお姿がショックのあまり……幻覚を見てしまうなんて……!!」 「幻覚だと?」  セーネは震える手でバルコニーを指差す。  ノームは立ち上がり、バルコニーに足を踏み入れた。  そして──。 「──エレナ……!!」 「ノーム!! お母さんの事、聞いたわ! あぁ、どれだけ辛いことか……」  エレナはレイからバルコニーから跳び下りるなり、ノームを強く抱きしめる。  ノームは唖然としたままだ。 「エレナ、お前……本物か?」 「えぇ、本物よ! こんなドラゴンに乗って王子様のバルコニーに現れる無礼者は私くらいでしょう?」 「……はは、それもそうだな」  ノームは弱弱しくエレナの背中に腕を回した。  セーネの戸惑う声が聞こえる。 「ノーム、私はもう行くわ。お母さんは私に任せて」 「? どういう事だ」 「人魚よ! 人魚の涙はどんな病気も怪我も治癒する力がある! 私、人魚の国にいって、どうにか人魚の涙をもらえないか頼んでくる!」 「!? な、何を言っているのだ!? それはつまり、海の目に行くと言っているのか!?」 「そうよ。私は必ず人魚の涙をもってここに来る! だから安心して」  エレナにそう言われたノームだが、勿論安心するはずがない。  海の目やアトランシータの話はノームも知っている。だからこそ、ノームはエレナに首を振った。 「行くな! 海の目に飛び込んだとしても、ガルシア王の気まぐれで何人もの命が無残に海に沈んだことか! 余が行かせないぞエレナ!」 「でも、ノーム……死んだら、もう二度と、お母さんに会えないんだよ……?」 「っ、」  エレナは震えるノームの手を優しく包み込む。 「少しでも可能性があるなら、私は行くよ。私にとって、ノームのお母さんを救えたかもしれないのにっていう後悔は海の目よりも恐いものだもん……!」 「……。……あぁ、お前は……」  ノームは頭を抱えたが、チラリとペルセネを一瞥し、息を吐いた。  そして部屋からオレンジ色のスカーフを取り出し、レイの首に巻く。どうやらこれでレイが運び屋のドラゴンだという証になり(嘘だけど)、王国の人達に攻撃されないようになるらしい。 「──余も行く。エレナ一人では行かせない!」 「えぇ! ノームはお母さんについていなよ」 「よい。ただでさえ母上の事が気がかりなのに、お前まで危険だと思うとストレスで死ぬ! おいセーネ!」  ノームがエレナに続いてレイの背中に跨ると、セーネを呼ぶ。  セーネは「は、はいぃ」と混乱しながらもしっかり返事をした。 「余は母上の為に海の目に行く!! 母上を頼んだぞ!!」 「えぇ!!? ノーム様!?」  必死にノームを呼び止めるセーネの声をBGMにレイはシュトラール王国の上空を飛び立つ。   「ところでノーム、海の目ってどこにあるの?」 「……お前、余がいなかったらどうやって見つけるつもりだったのだ」 「海を探せば見つかるかなってすっごく大きいんでしょ? 海の目って」 「エレナはどれだけ海が広いのかを思い知るといい」  ノームはそっと羅針盤を取り出した。 「ふむ、ここから南東にあるから、こっちだな。海の目は」 「へぇ、羅針盤ってこの世界にもあるんだ」 「? 何を言ってる」 「べっつにー」  レイがノームの指示した方に向きを変える。  ノームは落ちないように、ぴったりとエレナの背中にくっついた。今から海の目に行くというのに随分呑気なエレナの温もりを感じながら、背筋を伸ばす。 「……導いてくれて、有難うエレナ。お前は余が必ず守ると誓おう」  ノームの言葉は強い向かい風によって、吹き飛ばされた。
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