海の目の先は

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海の目の先は

 ──マニュス・オセアン、海の目上空にて。  ノームとエレナは身を乗り出して、直下の海を眺めていた。  海の目。それは想像よりも遥かに巨大で──恐ろしいものだった。  随分と上空にいるというのに今にも引き込まれそうな程、渦の振動が伝わってくる。    ──あんなものに飛び込んでしまったら。  ノームは唾を呑みこんだ。  しかしそんなノームに気づかないエレナは目を輝かせている。 「わぁ! 凄い! 凄い凄い! あそこにガルシア王がいるんだね!」 「……エレナ、恐くないのか」 「え? あ、うん? 正直今は恐怖より好奇心のが大きいかも」  そんなエレナに呆れるノーム。  そしてレイがゆっくり海の目に近づいていった。  いよいよ、飛び込む時だ。  ──エレナはこう言っているが、本当に人魚はいるのか?  ──ただの伝承かもしれない。  ──それに本当にいたとしてもガルシア王に気にいられなかったら待っているのは“死”だ。  ──エレナだけでも守る方法はあるのか……? 「エレナ。余が一人で行くと言ったら、怒るか?」 「! ……勿論。むしろ私が行くべきでしょう。ノームは王子様なのよ。国だって、」 「余がいなくても弟がいる。父上だってそれを望んでいるはずだしな。故に、それは問題ではない。だがお前は……お前の代わりはいないだろう」 「ちょっと。ノームの代わりもいない。誰かの代わりなんていないよ。人は皆違うんだから」 「ふふ、海の目を前にしてもお前は変わらないか。エレナと話していると考えるのも馬鹿らしくなってきたぞ」 「……それ褒めてるつもり?」 「あぁ」  ノームは口角を上げると、エレナの手を握る。 「エレナ。余から離れるな。余は勇者の加護があるから、何があってもすぐに死んだりすることはない。余から離れなければお前にもその加護を分ける事が出来る」 「わ、分かった」  二人の手は強く繋がれたまま、二人は海の目を見つめた。  レイが「これ以上近づけない」とばかりに鳴く。  水しぶきが二人の顔を、身体を濡らしていった。ノームとエレナは互いの顔を見て、頷く。  そして──二人は、巨大な海の目の中心に飛び込んだ。 ***  脳みそが直接揺らされているようだった。視界が定まらない。  唯一己を自覚する導は握っているエレナの手だった。  ノームは必死に渦に身を任せている。    ──エレナは無事か!?  ──くそ、瞼が開かん……。  ──手を握るので精いっぱいか……!!  海の目は二人の小さな身体を思う存分弄んだ。恐るべき速さで身体があっちに、こっちに投げ出される。  息も苦しくなってきた。泡魔法を使う余裕もないノームはどうする事も出来ない。  すると。 「っ、」  突然、渦による衝撃が止んだ。かと思えば、柔らかい砂の上に投げ出される。  ノームが目を開けると、そこは海底。  頭上を見れば、竜巻のような凄まじい渦の流れが確認できた。  渦はまるで大蛇のようにくねくね動いている。  あんな恐ろしい渦の中に自分達がいたと思うと、今こうして抜け出せたことが奇跡だと身に染みて感じた。  ──はっ! そ、それよりも、エレナは無事なのか!!?  慌てて握った手の先を見ると、エレナは気絶しており、ふよふよ身体が水中に浮いていた。  ノームはすぐにエレナに泡魔法を施す。  するとエレナは呼吸を始め、心臓も元気よく動いていたので心底安心した。  勇者の加護がなければ危なかったかもしれない。 「ま、全く、お前はいつも余を驚かすな……」  ノームはエレナの身体を脇に抱えると、そっと屈みこみ、()()()()()()()()。  ──さて、勇者の加護と泡魔法でなんとか呼吸は出来ているが、いつまで持つか……。  ──伝承によると海の目に飛び込んだ勇敢な者だけがガルシア王と謁見出来るらしいが……ガルシア王はどこにもいないな。  周りは廃れた闘技場の観客席がノームの立っているステージを中心に並んでいるだけだ。まるで自分が見世物になったような気分になる。  ふと、そこでノームは嫌な予感がした。  水の流れが教えてくれる。  ──後ろに、何かいる、と。  恐る恐る振り向くと、そこには大きな黒目が二つあった。  ノームは驚いて後ずさる。  黒目の主は巨大な蛇のように細長く、それでいて見惚れてしまう程美しく──恐ろしかった。  口から覗く牙も、今こうして余を見つめる瞳も、全てが獲物を狙う獣のものだと察した。  水竜。  今、ノームの目の前にいるソレを表すならばそれが一番しっくりくる。 「……其方は……ガルシア王……ではないか。つまり、余らはガルシア王に気にいられなかったということか?」  水竜が口をゆっくり開いたと思うと、緩急をつけてこちらに襲い掛かってきた。  ──しかし。  その前に突如()()()()が現れ水竜を殴り、それを食い止める。 「!!?」 「念のためにとゴーレムの陣を地に描いて正解だった。まさかこんな怪物がいるとは」  水竜は突然現れたゴーレムを警戒しているのか固まっている。  ノームはすぐさま海底に陣を描き、さらに二体ゴーレムを召喚していく。 「地さえあれば、余にもいくらか戦う方法はあるぞ、水蛇め! 余はこれでも一応勇者だからな!」    ──まぁ、ゴーレムはここでは三体が限界だが。  ──しかもどれも水中だからか、動きが遅い上に脆そうだ。  ──崩れるのも時間の問題か。  もし今警戒して動かないでいる水竜がまた襲い掛かってきたら確実に敵わないだろう。  ノームはエレナの身体を抱く力を強める。  その時。  どこからか、拍手が響いてきた。  ノームが周りを見渡すと、観客席に一人、誰か座っていることに気づく。 「素晴らしい。気にいったぞ、人間!! まさか海底の地でゴーレムを作るとはな!」  男だった。  男の傷一つない逞しい上半身は隅々まで晒されている。  そして下半身は──魚の尾びれ。  男の白髪交じりの頭には珊瑚で出来た王冠が堂々とそびえ立っていた……。
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