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治療が終わったと柳から連絡が入ったのは、丁度來斗がマンションの自室に着いたときだった。
BlueMoonではなく部屋に幸也を送るよう返し、來斗は音を立ててソファに腰を下ろした。
気分を落ち着かせる為にと冷蔵庫から取り出したペットボトルも、蓋を開ける気になれずテーブルに放り、上を向いて目を瞑る。
そんなことをしても気は晴れなかっただろうと分かる。
それでも、隊員だという人間を全員殴っておけば良かったと眼前に掲げた手を握り締めた。
やり場のない憤りが大きな溜息に変わったとき、ドアの向こうからロック解除の電子音が聞こえてきた。
跳ね上がるようにソファを離れ部屋を横切る。
來斗が玄関に着くと同時に、ドアを閉めていた幸也が顔を上げた。
「……ただいま、ライ兄」
いつもなら双眸で輝いている翡翠色が、今は片方しか見られない。
額から左目にかけて幾重もの包帯とガーゼで覆われた姿に、來斗の眉が寄せられた。
そっと触れた前髪には、拭いきれていない血痕が赤黒く付着している。
先刻の血に染まった幸也の顔が蘇り、吐きそうな程の苦しさが來斗の胸に広がった。
険しい顔で包帯を凝視する來斗に、幸也が小さく笑みを浮かべる。
「律、骨折れてなかったって。流石だよね、親衛隊の人だったら粉砕だったかも」
「……俺の心配は、そこじゃねぇけど」
怒ったような、呆れたような溜息を零して、來斗は部屋へ上がるよう幸也を促した。
処方された薬の袋をキッチンのカウンターに置き、幸也の手を引いてソファに座る。
隣に座ろうとした幸也を引っ張り膝の上へ乗せ、鼻先が触れる位置からじっと片方だけの瞳を覗き込んだ。
「っちょ、」
「で、怪我は」
抗議を遮り、有無を言わさぬ口調で一言だけ尋ねる。
一瞬顔を赤くした幸也だったが、逃がさないと見つめてくる瞳の奥にある揺らめきに気付き、肩を竦め口を開いた。
「眼球は無事だったよ。ただ瞼にまでかかってたから、包帯とかガーゼとかちょっと大袈裟に巻いてあるみたい」
「……跡は?」
「目立たないようには縫ったけど、多少は残るだろうって」
包帯が取れるまでは視界が不便だとぼやいた幸也は、怪我自体を気にしている様子はなさそうに見えた。
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